昭和五十四年 四月二十五日 朝の御理解


御理解第八十五節

『女の身の上、月役、妊娠、悪疽に腹痛、まず腹帯をせずして、産前、身軽く、隣知らずの安産。産後、よかり物団子汁をせず、生まれた子に五香要らず、母の乳をすぐ飲ませ、頭痛、血の道、虫気なし。不浄、毒断ちなし。平日のとおり。』



 この御教えなども、教祖独自の信心の、ひとつの悟りというか、新たな御心境を開かれてのこりゃ御理解だとこう思うのです。こんな御教えが、他の宗教にあろうともありません。少しばかりの、まあ常識的な、医学的にも知っておれば、分かっておればとても出来ることではない。そういうところを、いわゆる信心の真を持ってすると、いわゆる、教祖のご信心をもってするとこうなんです。だから、どうでも私共がやっぱり、これは妊娠とか、お産とかに限らずに、全ての事に「ここんところの教祖のみ教えにはこれがありますからね。『ままよという心になれよとか、ままよとは、死んでもままよとの事ぞ。』といった様な厳しい御教えがございますけれども、そういう所を、私共がね、その通り抜けれる。しかも、有難く受けて行けれるという事のために、信心の喜びがいるのです。生き生きとした信心の喜びを感じ出すとね。もうそれこそ、「ままよ」という心が生まれてくるんです。

 最近、ここの矢野先生の、お知り合いの方で、遠方から熱心に参ってくる方があります。始めて合楽に、御神縁を頂いた時に、それは人間的な、大変難義な問題で、私が、御理解で頂いた事を申しましても、「そんなごとあるなら、もう合楽に参ってくる必要はなか。と、この願いを、もし聞いてもらえるならば」というので参って来たのだけれども、だから御理解が全然耳に入らなかった。段々、お参りをしてこられるうちに、ここの御理解が耳につくようになった。「もう、合楽のために本気で一つ御用でもさせて頂こう。」という様な、信心が生まれてきだした。そして、これは、私にぢゃないですけれども、矢野先生に話された、という事ですけれども、この問題、いわゆる、その大変な人間関係の問題ですけれどもね、「この問題も今ならば、親先生が右と言いなさるなら右、左と仰るなら左になれる」と言うて帰られたという事ですね。勿論、段々お参りをしてくるうちに、合楽に対する「信」というものが、生まれてきたんですね。信ずる心が生まれてきたね。いうならば、本気でお引き寄せを頂いているうちに「信心の喜びの何たるか」というものが、生き生きと芽生えて来たんです。ね。そして、それを例えば、右にして頂きたいばっかり、左にして頂きたいばっかりに、初めはお参りをしてきた。ね。だから「こういう答えを出したが一番よい。」と例えば、一番良い答えを出されても「なかなかそんなわけにはいきません。」というものがね、矢野先生のお話では、「今、合楽の親先生が、右と仰れば右、左と仰れば左にもう決めます。」と言う様な腹が出来た。ね。信心の生き生きとした喜びが、頂いておる時でなからなきゃ出来る事じゃないことがわかりましょうがね。どうしょうかと迷うとる。その、しだごだな心で、言うならば、信心がズンダレしておる時、ね。信心がズンダレしておる時にはね、もう、やはり産みなす力とか、言うならば神様まかせと言う事にはならんです。ね。自分の信心がズンダレしておるにもかかわらず、「親先生が右と仰ったけん、左と仰ったけん」というて、それがきつい事であるなら、泣く泣くという様な事ではおかげになりません。「もう、右左はあなたまかせ」ね。「親先生が、こう仰るから、もう、どん腹すえてのまかせきる。」といった様な心は、例えば、今日の御理解なんかは、婦人の方達のいうなら、体調と言うですか、その、また、しきたりと言うでしょうか、「とても、とても教祖様の仰る様なわけにはいけない」と言うのが普通じゃないでしょうか。ね。けれども、これが、スキット教え通りに受けられる心というのは、私は、生き生きとした信、いうなら生き生きとした信心の喜びが、ある時でなからなければ出来ない。そして、初めて教祖のお言葉の素晴らしい事ね、前代未聞の事を言うておられるね。成程、宗教以前の宗教と言われるのは、こういう御教えの中にも伺われるわけですよね。「まるで、原始的、原始宗教なんかの場合は、こうであったかも知れん。」と思われる様な感じですよね。無知の人ならね、無知。何にも分からない人なら出来るけど、少し常識のある人ならば、とても、教祖の神様が仰っても、なかなか出来ん様な気がするんですね。それを敢然と受けて立たれる様な心は、信心の生き生きとした喜びのある時でなからなきゃ出来ない。そこに体験。その体験が次の力であり、それを言うならば自分の信心の、言うなら元手ともなって、人にもそれを確信をもって、人に伝えて行ける様に段々なっていくわけね。

 昨日は、久留米の八十五年の記念祭に、ここからも沢山おかげを頂きました。本当に「ひとりでにに物ができるようなものじゃ」と仰るが、あの広いお広前に突き出しまで出来ていましたが、もう立推の余地もないように沢山のお参りで、もう、綺羅星の様な先生方がいっぱいで、もう、本当に素晴らしい記念祭でしたですねぇ。私、あの御神前に花の露という酒の弧もづつみの四斗樽のがお供えしてございましたでしょ。ね。あれを、ここは城島に出社があるから、城島の教会から、城島の酒ですからね、大変有名な先生がおられたんです。城島には。ですから、「ああこれは城島から来とるお供えじゃろ」と思わせて頂いた途端に頂きました事がね。花の露の、あの「露」という字をね、「ゆっくり、ゆっくり雨を書いて下に路と書いてある」のを書いたところを頂いたんです。そして、私は、こういうような、まあ歌とも教えとも分かりませんようなのが、心の中に感じましたから、書き留めておきましたけど。『心の花に、おくつゆの、恵みはつきじ またの世までも』とね。『心の花に、おくつゆの、恵みはつきじ またの世までも』ね。信心の喜びです。所謂、心の花ですね。心の花におく露ということは、これは恵みという事でしょうね。露の恵みとこう申します。いわゆる、「おかげは尽きない、しかも、またの世までも」という。もう、昨日の御大祭を拝んで、そのままの感じでございましたよね。石橋先生お一人の信心が、二十七カ所からの出社が出来て、そして、今日まであの様に、おかげを頂いておられる。いざ、御大祭ともなると、あの様な御比礼があそこにあらわれるね。お徳がある証拠です。だから、そのお徳が大祭やら、記念祭という時には、もう現れる露出してるわけね。だから、その露出しておる御神徳に、私共は、「触れさせてもらう、あやからせてもらう」というのが、私は、記念祭のご比礼に浴する事だと思うですね。それで、ああいう事が何時もあっている事ではないのですね。何時もは、露出せずに、それは言うなら、むしろ隠された様なものではないだろうか。「あの世にも持って行け、この世にも残しておける」という、残しておける徳というものは、ね それを本気で頂こうとする者の上にだけ頂けるものだということね。何時も、二十四考のお話を頂きますでしょ。「親が寒中に竹の子が食べたいという、こんな寒中に竹の子があるはずがないじゃないか」と言わずに「親が言われる事だから」と言うて裏の藪に入って竹の子掘りを始めた。ところが、そこには、勿論、寒中の事ですから、竹の子がなかったけれども、自分が長年探し求めておったものが、そこには埋けてあったと言うのである。ね。親先生が残された御教えと言うのはです。今時そげな御教えをというのでなくて、いうなら、親先生の、信心を本当に頂かせてもらおうとする精進です。それは雪の日の、言うなら竹の子掘りにも似た様な事もあろうけれどもね、「親様の仰せには背かれん」と言ういう生き方です、本気で行じていくところに、夢にも思わなかった、言うならばね、「自分が求めに求め続けておったものがそこには用意してあった。」とこれが親の情であり、親の思いだと。久留米のお徳は、私はそれだと思うです。私共も、やっぱり久留米の手続きでございますから。石橋先生が残されたね、 先代、先覚が残されたそういうお徳というものを、本気で頂こうというならば、掘りに掘ったり、精進に精進させて頂いて、初めて頂いておるのが、今の合楽の御信心ぢゃないだろうかというふうに思いますね。だから、ここでは必ず「信心辛抱」が出てくる。「馬鹿と阿呆になれ」という信心が出てくるね。桂先生の、言うならば『前には進んでも、後ろには退くな』というようなこと「こと神様の事ならば」といった様な精神が、合楽理念の中には、一つの筋金の様に入っておるね。「その筋金が入っておる」というところに、私は、合楽の信心の値打ちがあると思うんですね。だから、筋金が入ってないから、知っておるだけであるから、いうならば比礼が比礼にならない。御大祭の時なんか、ああいう露出いるものに触れておるんだけれども、「それを頂こう」という意欲がないところに、本当の、おかげになっていかんのじゃないでしょうかね。「心の花におく露の」ということ、露という字を分解して書いてごらんなさい、雨の下に路と書いてある。ね。雨と言う事は、まあ、しるしいという事でしょう。苦しいという事かも知れません。ね しるしいとか、苦しいとかという中にです「はっきりお徳の頂ける道があるんだ。」と、それをなら一つにくるめてみると、露という字になるでしょうが。露という字は、露はお恵みと言うのですから、そのお恵みを頂くためにはね、その雨の中から生まれてくる、難儀の中から生まれてくる、いうならば真の喜び、しるしいではおかげにならん、おかげになっても徳にはならんそのしるしい事、その事がですね。

 昨日、私は改めて、先日参りました、なんとかという教会の、おかげの泉の一節を印刷して、そして、それを朝の御祈念の時に、必ずその一節をづうっと読まれるね。読むたんびという、私は昨日、初めてくわしく読んでもらったんですけれども、「読むたんびというわけではないですけれども、もう、たまには、どうにも出来ん感動がおこってくる」と言っておられますですね。「それこそ、血の涙の出る様な時でも、これが神愛だと思うたら、有り難涙にくれる程しのおかげが受けられる」という事が、ずうっと書いてある。「どういう難儀な問題であってもです、その事を唱えさせて頂いておるとです、どうにも出来ん感動が湧いてくる。そういう一日は、とても素晴らしいおかげが受けられる」というのですね。いうなら、「血の涙が出る様な場合であっても、それが有り難涙に変わっていく」という様な時こそ、私は、露という字じゃなかろうかと思うね。雨が、それこそ雨の中に路がつくと言うのはね、そういう生き生きとした心というものが、信心によってのみしか頂けない、信心の喜びである。「心の花におく露」というのはね、そういう心の花、心の喜びというのは、そういう事をここでは言っておるのです。「心の花におく露の 恵みはつきじ、またの世までも」。そういう信心が積み上げられて、私はお徳になるんだということですね。そういう、言うならば生き生きとした喜びを頂いておる時でなからなければね、矢野先生のお導きして見える、その方達ぢゃないですけれども、そのために合楽におかげ頂いた。この難儀からどうか解脱したい。この難儀から救ってもらいたい、いやと言うよりも、自分の思う様になる事をおかげと思うて参ってきた。そして、二回、三回とお参りしておるうちにですね、その事はもうどうでもよくなった。「親先生が右と仰れば右、左と仰れば左と言うならば、そういう心がいたします」と言うて帰られたということ。ね。心に信心の喜びが生き生きとしてくるとですね。もう、いうならば、右、左を言わんですむ様なおかげ、そういう、心の状態こそです、心の花ではなかろうかね。雨に路がつく、いうならば露のおかげが、言うならばね「心の花に おく露の 恵みはつきぬ」もう、つきぬおかげの頂けれる信心が、そこから誕生してくる。それが、育っていくうちに、「またの世までももっていかれる。お恵みにつきる事のないおかげが頂かれる」ということ。ね。と同時に、なら昨日の久留米の御大祭を拝ませてもろうてです、ああいう素晴らしいお徳が残っておる。記念祭には、それがいよいよ現れておるのがお祭りのご様子だとね。と言うて、それは、いつもあんなに露出しているものではない。あるのは、あるからこそ、ああいうふうに開化するのである。根があるからね。ですから、その根を頂こうとするためには、言うならば生き生きとした、親孝行の信心とでも申しますかね、が出来なければならんという事になります。

 この八十五節はね、本当に、私共の信心が生き生きと喜びで、ある時でなからなければ、とても、教祖様の仰るお言葉であっても、そのまま受けられないといった様な感じの御教えです。それこそ、命がけ、「ままよという心にならなければ、もう死んでもままよ」という心にならなければ、これを実行するということは出来ませんね。なら、そういう心はです、心がいうならば生き生きと弾んでおる様な時、頂けるもんだという事を思います。昨日の、いうなら久留米の記念祭に参拝のおかげを頂いて、久留米のご比礼に浴して帰った。ね。それにふれて帰る事が出来た。それを、いよいよ本当なものにすることのためにです、心の中に信心の真の喜びを求めての信心、「それはおかげを受けて有り難い」という喜びでなくて、雨であり、「雨の下から路がつく」ね、雨がしるしいもの、そのしるしい中に、いうならば信心の喜びが分からせて頂ける様な、信心に、露ね。「おく露」のという事になってくるわけね。「露」と言う事は恵と言う「露の恵み」という事を受ける事のためにです、私共が、難儀ではない神愛であると、喜びで受け止めさせて頂ける様な、信心を頂かせてもらう。同時に、私共はそういう信心を、私共の、ものにした時に、初めて教祖の信心の素晴らしさ、言うならば「前代未聞とも言えるだろう。宗教以前の宗教とも言えるだろう。」そういう信心を身につけた時、それが言えると思うのですね。どうぞ